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アルゼンチンの課題を走行距離から考察する

2018/07/02 19:44:00

FIFAワールドカップ(以下W杯)もトーナメント(ノックアウトフェーズ)に突入していよいよクライマックスが近付いてきましたが、ここでアルゼンチン代表のレビューを行いたいと思います。優勝候補の一角でありながらどの試合も苦戦を強いられ、ラウンド16でフランスに敗れて終わりました。すでに南米予選の時点で優勝候補とは言えない内容でしたが、サンパオリなら大会前の準備期間でチームを作り上げるかも!と若干の期待を抱いていたものの、結果的には予選からの改善は見られずロシアを去ることになりました。

W杯は公式サイトでのデータ量が他の大会よりも多いので多少数値で遊ぶことができます。今回は走行距離とボールポゼッション時間を使ってレビューします。

扱うデータについて

アルゼンチンの内容に入る前にまずデータの前提についての話をします。日本だとなぜか「走行距離」というデータ項目名になってしまったのですが、実際のデータ名称は「Distance covered」であり、「走った」距離ではないです。移動距離という方が近いでしょう。W杯ではこの走行距離データがスピード別の数値だったり、ボールポゼッション別の数値で公開されています(FIFA側のミスが多いので扱いづらいのですが)。今回は後者を利用しますのでこちらだけ説明すると、in Possession(味方チームがボールを保持している状況)とNot in Possession(相手チームがボールを保持している状況)の2つのデータがあり、この2つ+アウトプレーの移動距離を合わせたものが、試合全体の走行距離として紹介されています。

走行距離データの内訳

走行距離データの内訳

もう1つ、ボールポゼッションは通常「支配率」として紹介されることが多いですが、今回はポゼッションの「時間」を使用します。支配率はこの時間の割合を示したものですが、例えば同じ50%だったとしてもポゼッション時間20分:20分だったものと、35分:35分だったものでは大きく試合内容が異なりますし、今回は先に紹介した走行距離データと併せて使用したいので、「時間」のデータを使うことにしました。

ボールポゼッションについて

走行距離にしてもポゼッションにしても数値が大きい方が良いという扱いをされていることがありますが、両データとも勝敗に直接的に関係していませんし、この数値を上げることを意識する必要はありません。ただし、特定の状況に絞っていけば、チームが抱えている課題発見への糸口になるとは思っています。本記事もそういうノリで書いています。

メッシの走行距離について

2010年W杯以降のメッシの走行距離

アルゼンチンの走行距離データにおいて最もネタに扱われているのがメッシだと思います。W杯では2010年大会から走行距離が掲載されていますが、90分試合において10kmを超えたことはなく、7km後半から8km前半くらいの数値となっています。メッシと同じくらいの走行距離を記録しているアタッカーは他にもいますが、それでもあまり多く移動をする選手ではないことは間違いありません。ただ、メッシに負荷をかけることで彼の持ち味が消えたりパフォーマンスが落ちるのであれば意味がありませんので、チームの選択としてはメッシを生かすか、メッシを外す選択肢になると思いますが、今大会ももちろん前者を選びました。

ボール保持と走行距離

メッシに負荷をかけずメッシを最大限に生かすためにアルゼンチン代表はボールを保持するサッカーとなります。2010年大会以降はアルゼンチン代表がポゼッション率において相手を下回ったのは2014年大会の準決勝、決勝のみで、多くの試合で55%を超え、ポゼッション時間も30分を超えています。

2014,2018年大会の90分試合においてボール保持1分あたりのチームの走行距離は1363mで、GKがそこまで動かないことを考えるとだいたい一人当たり130mなのですが、試合全体のポゼッション時間が長い時と短い時でその傾向は変わります。なんとなく想像して頂けれると分かるかと思いますが、お互いがボールを持つような試合より、一方が保持している試合の方が相手がブロックを形成していることが多いため、全体的に動きが少ないように見えると思います。試合のポゼッションが長くなるとボール保持1分当たりの走行距離が減るのはそういった影響であり、リーグ戦においてボールを保持するチームの走行距離が少なくなりやすいのもこれが理由だと思います。

ボール保持と走行距離全体傾向

今大会のアルゼンチンはどうだったのか。相手より5分以上ボールを保持した試合だけで集計すると下表のようになりました。

ボール保持試合のサマリー

ボール保持試合のサマリー

アルゼンチンは少ない方から2番目で、サウジアラビアと同じくボール保持1分当たりの走行距離が1300m以下となりました。この値は前回大会とほとんど変わらないのですが、前回は低い数値を記録したチームが多かったため、順位としては中域でしたが、今大会は低くなっています(CLなどのデータを見ると、最近はボールを持つチームでも走行距離が伸びるケースがあります)。メッシの走行距離が少ない点以外にどのような理由でこの値となったのでしょうか。次にポジション毎の走行距離に注目してみました。

ポジションと走行距離

相手がブロックを形成している中でボールを保持する展開が続いた場合、サイドの選手の動きや2.5〜3列目の中盤の選手の動きが重要になると思っています。サイドの選手が高い位置へ動きボールを受けられれば相手のブロックの中央に綻びが生じる可能性が増えますし、中盤の選手が相手の懐にうまく入り込めばチャンスも広がります。

上記の表で取り上げたチームから該当ポジション毎にデータを集計すると下表のようになりました。

2ポジションのサマリー

2ポジションのサマリー

どちらのポジションもアルゼンチン代表が最少。特にCMFの動きが少なく、保持1分当たり123mとなっています。同ポジションでフル出場をしたのがマスチェラーノとバネガで、マスチェラーノは守備に比重を置いているため攻撃時に動かれても困るという理由もあるのですが、最近のフットボール事情から考えると彼のようなタイプは古いのかもしれませんね。

アルゼンチンの場合、メッシが中央の密集地帯を攻略できてしまうという点も理由でしょうが、周りの動きが少なければ相手も対処しやすくなるでしょう。スペインやおそらくバルセロナもそうでしょうが、ジョルディアルバの運動量は相手にとって脅威でしょうし、他の多くのアタッカーもボール保持時にスペースを作るために動いています。ちなみに今大会のジョルディアルバは保持1分当たりで140m以上となった試合が2つもある一方で、アルゼンチンのサイドバックは120m台となっています。以上のことから、アルゼンチンはメッシを100%生かすためのサポートと戦術が不足していたのではないかと考えられます。

今後

上記のようなデータを紹介しましたが、例として挙げているスペインや他ドイツなどもすでに敗退していることを考えると、長時間のボールポゼッション時の対処そのものについて大きく考え直さなければならないのかもしれません。

加えてアルゼンチンは世代交代の問題もあります。2000年代のU-20W杯の主役だったアルゼンチンですが、2007年の大会を最後にその存在感は薄れ、最近は予選落ちも珍しくありません。最前列のアタッカーは今でも多く輩出していますが、後方ポジションやサイドにかつてほどのタレントがいない点を考えると、ここから先、アルゼンチンサッカー界は大きな試練を迎えることになるでしょう。

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